Profile
内藤 宙(ないとう ひろし)
内藤建設株式会社 代表取締役社長
33歳で先代より事業を承継。「地域に必要とされる建設ドクター」を掲げ、既存建物の再生(リファイニング建築)を軸に、人口減少・高齢化社会における建設業の在り方を追求。
SBT (Science Based Targets) 認定の取得、CO2フリー電力・再生可能エネルギーの導入、営業車のEV/ハイブリッド化など脱炭素にも先進的に取り組む。2026年11月竣工予定の新社屋はZEB仕様。2027年に創業80周年を迎える。
大塚 俊輔(おおつか しゅんすけ)
株式会社ハシマ 代表取締役社長
2024年4月、36歳で先代より事業を承継。縫製工場向け検針機を主力とし、海外販売比率は約8割。
価格競争によらない差別化として、EUの新素材メーカーとのタイアップによる「標準」の獲得、検針機へのRFID読取装置の搭載による生産・品質管理データ事業の創出などを推進。2026年に創業70年を迎える。
好岡 政宏(よしおか まさひろ)
岐阜信用金庫 理事長
1958年4月20日生、1982年4月入庫、高富、茜部、木曽川各支店長、営業統括部ブロック長、人事部長を経て2014年6月理事、人事部長委嘱、2017年6月総務部長委嘱、2018年6月常務理事、同委嘱、2020年1月国際業務部長委嘱、同年6月専務理事、2021年6月副理事長、2022年4月理事長。
田中 信康(たなか のぶやす)
ファシリテーター
大手証券会社で株式・デリバティブ取引、リサーチ、人事、財務・IR、広報など幅広い業務を経験。その後、財務・IRコンサルタントやM&Aアドバイザー、コーポレートコミュニケーション支援の責任者として、経営戦略と情報開示を支援。ESG・SDGs、統合思考の導入や社内浸透、講演・ファシリテーションに加え、企業と自治体の連携による地方創生・地域プロデュースにも携わる。
2021年にはSDGs連携コミュニティポータル「Re(リ:タッチ)」を開設。エグゼクティブプロデューサーとして、企業・自治体・金融機関・教育機関など多様なステークホルダーとの共創を推進し、地域課題の解決やサステナブルな社会の実現に向けたプロジェクトを企画・プロデュースしている。
- 2024年8月より 株式会社Sincを設立し代表取締役社長兼CEO
- 2025年6月より サンメッセ株式会社 代表取締役社長に就任
サステナブル・ブランド国際会議にてESGプロデューサーを務め2025年より総責任者に就任
受け継いだ会社を、どう次の世代へ渡していくのか。岐阜信用金庫は、地域企業の取り組みを伝えるWebサイト「ぎふしん未来TALK」を開設し、2026年7月28日の発表会で、その第一歩となるトークセッション「ともに、未来へつなぐ。」を開催しました。登壇したのは、創業80周年を目前にした内藤建設株式会社 内藤宙氏、創業70年を迎えた株式会社ハシマ 大塚俊輔氏、そして岐阜信用金庫 好岡政宏理事長。ファシリテーターはサンメッセ株式会社 田中信康。業種も規模も異なる三者の話は、驚くほど同じ方向を向いていました。
業種は違っても、目指す先は同じだった。地域で受け継ぎ、地域へ返していく経営者たちの対話。
発信は義務ではない。それでも取り組みを伝える企業が、選ばれ始めている。
田中 本日は打ち合わせなしで、できるだけ面白いお話ができればと思っています。まず冒頭に、この対談の趣旨をお話しさせてください。私は上場企業で代表を務めておりますが、かつては影も形もなかったサステナビリティが、いまや企業価値を高めるものとして明確に位置づけられるようになりました。
田中 現在、上場企業は有価証券報告書という法定開示の枠組みのなかで、ほぼ強制的に開示しなければならなくなりました。さらに厄介なのは、人の価値をどう数値化するかという「人的資本」の開示まで求められていることです。なかなか無謀な話だとも思います。
田中 ただ私は、これは大企業か中小企業かは関係ないと思っているんです。中小企業の皆さんにも、いずれ何らかの形で開示が求められる時代が来るのではないかと予測しています。もちろん、いまは義務ではありません。やらなくてもいい。けれども「こんな取り組みをしている」と発信されている企業が、いま確実に増えてきている。その発信が、今回のテーマである「ともに」、つまり共創につながるきっかけになる可能性がある。ここは、ぜひ声を大にしてお伝えしたいところです。
田中 それだけ情報発信が大事な時代になったなかで、地域に強力なネットワークをお持ちで、お客様の層も非常に広い岐阜信用金庫さんのような存在が、企業同士をつなぎ止める役割を果たしてくださる。これは非常に大きな意味があることだと思っています。私たちも同じことをやろうとして力の限界を感じたところがありましたので、こうして手を取り合えたことに感激しております。
好岡 私どもは企業様とお付き合いするなかで、まずその企業の内容を深く知ることから始めてまいりました。長い歴史はありますが、そのなかで大切にしているのは、その企業の素晴らしさや良い点、一方で課題は何かということを、総合的に、お互いが分かち合って深めていくことです。
好岡 それを今回、一社一社が発信することによって、企業主の方が業種を問わず「これは参考になるな」「これはいけるぞ」、あるいは「この道でやっていることはやめたほうがいいな」と、いろいろな発想が出てくると思うんです。まさに「ともに」ではありませんが、お互いが早いサイクルで学び合い、どんどん時代に取り入れていただけたら。それが発信の一番の願いでございます。
30年前の同期が、いま同じテーマで向き合っている。目指すところは、きっと同じ。
田中 アイスブレイクとして、まず内藤さんに伺います。取材をお受けになって、改めて自社を振り返る機会にもなったのではないでしょうか。
内藤 ありがとうございます。私はもともと30年前に岐阜信用金庫さんとご縁をいただいていて、今回インタビューをしてくださった方が、当時の同期、堀部長だったんです。これは偶然ではないだろうと、縁の深さをすごく感じました。
内藤 二人とも30年前に入ったころは、毎日一生懸命働いて、たくさん飲んで、という感じでしたし、地域社会に貢献するなんて発想は全くなかった。それでもそれぞれに一生懸命歩いてきて、いま同じ場所で同じインタビューをして、同じ話をしている。これはやっぱりすごいなと。岐阜信用金庫さんも内藤建設も、地域社会と一体になって進む、目指しているところが同じなのかなという感覚がありました。
内藤 私は4番目のランナーなんです。継いだ当初は「なんとかこの区間で少しでも頑張って、次の走者に渡すまで絶対にこけないようにしよう」という気持ちで必死でした。でもそれなりにここまで来ると、内藤建設だけが生き残るために、儲けるためにどうするか、というところではなくなってくる。何のために内藤建設が存在して、何を目指しているのかを考えるようになる。そこで目指しているものと、岐阜信用金庫さんが目指しているものが、なんとなく一緒なんじゃないかという感覚がありました。
田中 時代の流れが変わって、やること自体は大きく変わっていないけれど、視点が変わり、社会課題の解決という切り口になってきた。それが自分たちの立ち位置を見直すきっかけになり、そのなかで存在意義をどう発揮していくかというお話だと思います。
「まだ道半ば」でも取材を受けた。会社の魅力を知ってもらう機会にしたかった。
田中 大塚さんはお父様からバトンを受け取られて3年目、若き社長でいらっしゃいます。インタビューはいかがでしたか。
大塚 正直に申し上げますと、インタビューは父が受けるものだという印象がありました。私など受けられるような価値もないし、まだまだ道半ばだという気持ちもあったんです。
大塚 ただ、先ほど田中社長からお話があったように、地域社会への貢献や地域社会へのアピールという点で、このインタビューを通じて我々の会社の魅力を感じていただく、また一緒に仕事をしたいと思っていただく、そういう方を探すきっかけになれば、とてもいいなと。そんな思いで、恥ずかしながら参加させていただきました。
大塚 バトンを受け取ったのは2024年4月です。36歳でした。まだまだ分からないことがたくさんありますので、会社のメンバーと一緒になって考えるようにしています。自分の考えが常に正しいわけではないという前提を常に持って、会社全体で考えていくことを心がけています。
田中 お二方に共通しているのは、謙虚であることだと思います。これは私自身、経営者の一人としても非常に重要なことだと感じますし、岐阜ならではの実直さのようなものも感じました。
「潰すな」ではなく「お前が潰せ」。その一言が、覚悟を決めさせた。
田中 内藤建設さんは来年で80周年。「建設ドクター」というキーワードで様々な強みをお持ちの企業として、岐阜で内藤建設ありと言われる存在です。バトンを受け取られてから、難しさや、いま直面していることについてお聞かせください。
内藤 私は33歳のときに継いだのですが、父が倒れて大変な状況での承継でした。それから10年ほどは、とにかくどうやって会社を潰さないか、生き残るために必死で、それしか考えていませんでした。
好岡 横にいらっしゃるので申し上げにくいのですが、少しエピソードがございます。私は以前、内藤建設さんとお取引をいただいていた支店におりまして、ちょうど社長になられたころの話です。先代のお父様が、次をどうしようかと悩んでおられた。コンサルタントも入れて検討されたようですが、ひとつの方法として、従業員の皆さんにアンケートを取ってみようという話になったそうなんです。
好岡 当時30代ということで非常にお若いし、まだ早いかなという思いもおありだったようですが、実際にアンケートを取った結果、内藤さんがダントツだった。それで「これに決めた」とおっしゃって支店にお見えになった。そんな思い出があります。
内藤 当時、父から言われたのは「お前が潰したら本望だ、頑張れ」という一言でした。「潰すな」と言われると、ものすごい責任が生まれるじゃないですか。でも「他人が潰すぐらいなら、お前が潰せ」という言い方をされて、それなら頑張ろうと。よく考えられたなと思います。
儲かっていない医者は見たことがない。だから「建設ドクター」には存在意義がある。
内藤 毎年毎年を必死に乗り切るような経営は、長くは続かないと感じました。長く続けるためにどうしたらいいかという視点に立ったとき、地域社会やお客様が何を必要としているのか、環境問題は何か、というようにお客様の周りへ視野が広がっていったんです。
内藤 これから人口減少と高齢化が進むなかで、私が思ったのは、古い建物も同じように増えていくということでした。そして、儲かっていないお医者さんを私は見たことがない。ならば「建設ドクター」にはきちんと存在意義があって、生涯食べていけるのではないかと。そういう視点で地域社会にどうお役立ちできるかを見ていくと、いろいろなネタが出てきて、チャレンジしていった結果、いまの道に立っているという感じです。
田中 視点を少し変えたことで見えてくるものがあった。超高齢化社会のなかで自分たちの立ち位置をどこに描くか、リファイニングのような強みをどうぶつけていくか。そこに存在意義を見出されたのだと思います。
売上を目標に置くことが、本当に楽しいのか。提供している価値を見つめ直す。
田中 ハシマさんは今年で70年。歴史のある会社を30代で継がれています。内藤社長のお話を聞かれていかがでしたか。
大塚 勉強になるなと、ずっと聞いておりました。私自身は、売上だけを目標に置くことが本当に正しいだろうかということに、すごく疑問を持っているんです。
大塚 もちろん会社として伸ばしていかなければならないし、資本主義の社会でインフレーションもある。それを乗り越えなければいけないのは事実です。けれども、我々が提供しているものは機械だけではない。その価値が何なのかをもう一度見つめ直さないと、我々がどこにいるのか分からなくなってしまう。社長として、どういう価値を提供して、どうやって喜んでいただくのかを考えることが、本当に大事なのだと思っています。
値下げでは戦わない。世界のブランドに「標準」として選ばれる仕組みをつくる。
大塚 我々は販売比率で海外が8割です。先代の時代、昭和40年代には海外3割・国内7割でしたから、逆転してきているんです。これは東南アジアの成長に我々が乗ってきたところが非常に大きい。
大塚 ただ現状は、中国をはじめ競合がどんどん成長してきて、なかなか我々の優位性が出せない状況です。そのなかで価格を下げて消耗していくという選択肢もありますが、我々はそれを選ばないようにしています。これは先ほどの価値の話につながります。
大塚 では東南アジアで標準を取るにはどうしたらいいか。真剣に考えた結果、EUの新素材メーカーとタイアップすることにしました。その素材を使うブランドが標準的に服を作ろうとしたら、「ハシマのこの機械なら、この設定だ」という説明がなされる試みです。その結果、単純に値段だけの勝負ではなく、お客様のお客様であるブランドが「これを使えばうまくいく」と言ってくださる状況を作り出すことで、我々の価値を認めていただける形になりました。ユーザーさんだけでなく、お客様のお客様に話をする。それによって価値を認めていただくということです。
現場は、紙と鉛筆で数を数えていた。その困りごとが、データという商品に変わった。
田中 アパレルメーカーに安心・安全を届けるメーカーとして、様々な取り組みをされていますね。
大塚 皆さん、店頭で商品を機械に入れるとレジで一気に読み取られる仕組みをご覧になったことがあると思います。あのRFID (Radio Frequency Identification) のタグは商品価格のなかにすでに入っているのですが、実は工場ではあまり使われていませんでした。営業をしながらそれを見て、もったいないなと思ったんです。
大塚 我々の機械は検針機といって、工場の出口側に置かれる検査機です。その出口でデータが取れたら、生産管理にものすごく効くのではないか。出荷完了になった商品がリアルタイムで1品ずつ分かるようになるのではないかと考え始めました。そこで検針機にRFIDの読取装置を付け、品質管理のデータを取得して、そのデータを売るという発想に至りました。機械を買っていただくだけでなく、「これを入れないとバイヤーは検針したと認めない」という構造を作ったのです。結果として、大手のお客様の工場では8割程度まで弊社のRFIDを使った生産管理・品質管理をしていただける状況になりました。
大塚 これには、きっかけと、正直に申し上げると大失敗があるんです。4~5年前に最初にやろうと思ったのは配送の効率化でした。タグが入っていれば、青10箱・赤10箱・黄色10箱と配送仕分けできて楽になるだろうと。ところが、お客様のシステムがそこまで進んでいなくて、導入しようとすると手前のシステムを相当整えなければならないことが分かってきた。やりたいという声はあってもやるという声が出てこなかったんです。
大塚 そんななかで海外の現場を見ていて気づいたのが、工場から製品が出てきたところで、皆さん紙と鉛筆で数を数えていたことでした。「何をしているんですか」と聞いたら「数を数えている」と。商品は意外と難しくて、袋にTシャツが3枚入っていたりする。工程管理では1袋通ったことは分かっても、何枚通ったかは分からないんです。それならRFIDで数量が取れるのではないか、と。ものすごくシンプルな話です。数を数えるのに困っている、それだけのことでした。
大塚 それだけでは我々も面白くないので、検針機は一つ手前の工程にあるのだから、そこでデータを取って組み合わせれば、データとしても売れるのではないかと考えました。最初はやはり、お客様の工場に行って「何に困っていますか」「これは大変ですね」という会話からでした。
田中 地域ブランディングやサステナビリティと何の関係があるのかと言われるかもしれませんが、サステナビリティとは文字通り持続的な経営であると同時に、もう一面としてリスクマネジメントなんです。品質の安心・安全を担保することがベースになる。いまのお話は、まさにそこに通じる話だと思います。加えて、デジタルタグの活用を世界に先駆けて進められた。そういう視点でビジネスモデルを転換していく、我々の頭がついていかないほど素晴らしいお話でした。
55年の骨組みが「あと100年もつ」。先人の丁寧な仕事が、そのままブランドになる。
田中 内藤建設さんのリファイニングも、サステナビリティという視点では大きな強みだと思います。
内藤 私は「地域に必要とされる建設ドクター」というキーワードを作って取り組んでいます。空き家も含めて古い建物がどんどん増えてきている。選択肢としては解体する、新築する、あるいはリノベーション・リフォームがありますが、当社はいま、大垣市で築55年以上の建物をモデルにしています。
内藤 当社は鉄筋コンクリートの型枠の会社として創業しました。その創業メンバーが建てた、唯一残っている鉄筋コンクリート造の建物なんです。耐震も足りない、設備もぼろぼろ、どうするという話が5年前にありました。それはまさに、地域社会が抱えている問題そのものでした。当初は壊して木造の小さい建物を建てようという話もあったのですが、それでは自社の歴史がなくなってしまうし、お客様への提案の訴求力にもつながらない。
内藤 そこで選んだのがリファイニング建築です。建築家の青木茂さんが20年以上前から取り組まれている手法で、古い骨組みをそのまま再利用し、耐震補強をして、配管・電気設備・給排水・内装をすべて刷新する。人間に例えると、骨だけ残して新しい体をつくるようなものです。
内藤 これによって何が良いかというと、まず、解体で出る廃棄物が大幅に減ります。新しい骨組みを作れば、そこでもCO2を排出しますが、それも要りません。結果として、廃棄物とCO2の量は半分以下になり、環境的にも非常に良い。さらに古い骨組みを再利用することでコストも下がります。いまの社会にとって、いまのお客様にとって、いい提案になるのではないかと考えました。
内藤 そして、これが思わぬところにつながりました。事前に骨組みを検査したんです。コンクリートのコアを何箇所か抜いて第三者機関に診断してもらったところ、「このコンクリートはこのままでもまだ100年もちます」と言われた。それは創業の先人たちが非常に丁寧な施工をしたということです。それそのものが内藤建設の誇りであり、ブランディングのベースだと思いました。
内藤 そこに我々が新しい肉付けをして、さらにこの建物が100年続いていく。人の事業承継だけでなく、建物の事業承継にもつながります。この取り組みを75年史という、100周年を目指した記念誌の表紙にも入れさせていただきました。世代を引き継ぎ、建物を引き継ぐ。その手法であるリファイニング建築は、これからの我々の武器になるのではないかと思っています。
初対面でも、話は尽きなかった。学び合える相手は、業種の外にいる。
好岡 内藤社長と大塚社長は、実は今日が初対面でした。ところが、事前の打ち合わせをしていたときから、もう盛り上がっておられたんですね。
好岡 私が思うのは、業種はもう関係ないということです。目指すものや考え方など、いろいろなことでお互いに勉強になる。それは仕事にもいろいろなことに活かせるのではないかと思っております。
好岡 そうしたことも踏まえて、これから私どもの職員が皆様方に取材をさせていただくかもしれません。どしどしご要望をお話しいただきながら、職員はしっかりとお聞きをして、何が我々にできるかを本当に真剣に考えていきたいと思います。
好岡 先般、田中社長と対談させていただいた際、人的資本の話が出ました。私どもの信用金庫のシンボルマークは「人」が3本なんです。最終的には人だというお話をさせていただいて終わったのですが、その後、こんな話を聞きました。集中力、気持ち、気合い。これがあるかどうかで、成し遂げられるかどうかが全く違ってくる、と。
脱炭素は、コストではなく「選ばれる条件」。
田中 脱炭素という視点ではいかがでしょうか。
内藤 SBT (Science Based Targets) 認定を取得し、CO2フリー電力や再生可能エネルギーの活用、営業車のEV・ハイブリッド化にも取り組んでいます。今年11月竣工予定の新社屋はZEB (Net Zero Energy Building) 仕様で、建物で使うエネルギーをできるだけ減らして、使う分のエネルギーを自分たちでもつくることで、年間のエネルギー消費を実質ゼロを目指しています。
大塚 弊社は傘下のRENERGYで、非燃焼による廃タイヤのリサイクル事業により脱炭素に取り組んでいます。また、昨年度は岐阜県産材使用の補助対象事業を活用したCLT構法による社屋建設を行うとともに、スマートオフィス化を実現しました。
田中 「出さないと選ばれない」という危機感を、皆さんお持ちなのだと思います。これもサステナビリティの視点として非常に重要です。本日ご参加の企業様のなかにも、そうした強みをお持ちの会社が多くいらっしゃると認識しています。そういう会社が集まったポータルサイトが「ぎふしん未来TALK」です。ぜひこの先、岐阜信用金庫さんを通じてコラボレートしていただいて、そこから岐阜発でいろいろな発信ができて、かつ新しいビジネスが生まれたら、すごいことだと思うんです。そんなことを願っております。
ともに、未来へつなぐ。
田中 最後に、今日のお話を振り返らせてください。内藤社長は「4番目のランナー」として、次の走者へ確実に渡すことを考えてこられました。大塚社長は、売上ではなく「自分たちが提供している価値は何か」を問い直しておられます。そして好岡理事長は、最終的には人だとおっしゃった。業種も規模も違うお三方ですが、受け継いだものをそのまま渡すのではなく、時代に合う形に変えて次へ渡していく。その一点で、驚くほど重なっていたと思います。
田中 サステナビリティというと難しく聞こえますが、要はそういうことなのだと思います。築55年の建物を、あと100年もつ建物に変えて次の世代へ渡す。データで品質の安心・安全を守る。地域の企業同士をつなぐ。どれも、目の前の一年を乗り切るための仕事ではなく、次の世代に渡すための仕事です。
田中 そして、一社でできることには限りがあります。私たち自身、同じことをやろうとして力の限界を感じました。だからこそ、地域に深く根ざした岐阜信用金庫さんが間に立ち、企業と企業をつないでいくことに大きな意味がある。ここから岐阜発の共創が生まれ、新しいビジネスが立ち上がっていく。そんな未来を、皆さんとご一緒につくっていきたいと思います。本日はありがとうございました。
※本文中の役職、所属、経歴および年数に関する記載は、2026年7月時点の情報です。